かわいい友へ、別れの言葉

 

  こちらで1年4か月、よくがんばったね

  字をたくさんおぼえたし、きれいに書いたよ
   かん字もたくさんおぼえたね

  たくさん本を読んだね

  いもうとを大切にしたね
   保育園で小さな子をかわいがったね

  雪といっぱい遊んだね

  お菓子をつくったよ おいしかったね

  小学生になるんだよね
   本をたくさん読んで、お勉強をしようね
   うたも歌い、おどりも踊り、
    ともだちをたくさんつくろうね

  お母さんの言うことをよく聞いて
   お母さんのお手伝いをしっかりやろうね

   また、会えたらうれしいな

  2017年3月



 かわいい友、Yちゃんへの別れの手紙である。彼女の妹は、2歳になろうとしています。この二人から多くのことを学びました。感謝です。

 手紙に込めた願いはひとつ。人間として誇りと自負心をもって、学習にしっかり取り組んで、励みに励んで、生きることの喜びを見いだして欲しい。

 学習することは、本人にとって、また、まわりの人にとってもたたかいです。

 1950年代から2000年代半ばまでの教育の目的を法律の規定で見ると次のようになっています。

 「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神にみちた心身ともに健康な国民の育成を期しておこなわなければならない」

 敗戦後の憲法制定、その憲法の精神にのっとり制定された教育基本法(1947年 法律第25号)第1条、教育の目的です。

 改悪「教育基本法」(2006年 法律第120号)は、「自主的精神にみちた」の規定を「教育の目標」条項に移動し、目的から外してしまいました。
 
 学習を進めるためには、何よりも、本人が、みずから進んで励むことが大切です。自力自彊の精神を幼児のときからもたせることが重要でしょう。

 Yちゃんは、文字の読み方、書き方、数字の書き方などに積極的でした。自分で紙と鉛筆を目の前に置いて「問題を出して…」と言いながら学習しました。

 ほぼ4歳下のIちゃんにとって、毎日毎日が新しいものとの出会いとなります。飽くことをしらない好奇心は、見えるものにすべてに興味をもち、手にとっていく。そして、おもちゃにしてしまう。舌を巻くほどの創造力を発揮します。その行為は大切にしたいものです。一方、彼女にとって危険なものは、泣き叫んで怒っても取り上げざるをえませんが、そのような危険性のあるものは彼女のまわりから除去しておくことが大人の責務だと考えます。「もの」の除去は簡単ですが、悪い影響を与える思想から子どもを守るということは困難な問題が山積しています。が、この困難は、必ず克服できます。克服しなければなりません。大切なことは、近くで生活をともにしている人が、立派な思想を見につけることではないでしょうか。

 学習を進めるためには、環境をととのえることも大切でしょう。

 集団のなかでの学習・教育の場として幼稚園・保育園があります。集団のなかでは、幼児が認識するか否かは別として、特に、仲間を思いやる心・精神を培うことを重視しなければならないと考えます。

 こんにちの日本は、いつでも、どこでも、任意の時刻に戦闘に突入する法体系がととのいました。

 「学園(学校法人「森友学園」)の先生の熱意は、すばらしいと聞いている」と首相が発言しました。森友学園が運営する幼稚園の運動会で、園児たちが「安倍首相頑張れ」「安保法制、国会通過良かったです」と宣誓し、「教育勅語」の暗誦をおこなっているとのことです。法体系はととのえた、だから、思想を軍国主義で一体化しなければならないということでしょう。

 「教育勅語」の一節を紹介します。

 「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」

 現代文は「国家に危険が迫れば、忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けるようにしなければならない」となるでしょう。

 「教育勅語」は、明治天皇の「臣下」(国民をさす)への教えとされるもの。封建社会から資本主義社会へと革命化(明治維新)し、「富国強兵」「脱亜入欧」の政策のもと朝鮮を併呑し、中国、アジア・太平洋への侵略戦争を遂行した。その思想的背景が「教育勅語」と言われます。

 社会生活も学習の場となります。

 1940年代から50年代後半までは、自分の子ではない近所の子であっても度を超したいたずらはしかったものです。現在、70代以上の人には、自分の母親からしかられるより近所のおばさんからしかられた方が多いという記憶があると思います。

 学習・体育などの総合施設で、ある子どもをしかったときのことです。近くにいたその子の母親が、「しっかりしなさい。私が恥をかいたのよ」と言って子どもをしかりました。あまりの「保身第一」の姿勢と態度に驚きました。しかし、その母親を責める気にはなりません。根源は、資本主義社会の病理のひとつであり、その母親の思考を改める努力をしなければならないと考えるからです。日本社会の現状と仕組みを知ってもらうことが肝要でしょう。

 植栽では、「添え木」をおこないます。風の力による根動きを防ぐことが主な目的です。樹木の成長とともに支点を変えなければなりません。また、木材を使用している場合は、木材が朽ちてきます。なので、「添え木」を変えてやります。成長して重くなる樹木が、自身の根への影響を最小限にしなければならないからです。アンズ・桃・梅・リンゴ・ミカンなどの果樹は念入りにおこなわなければなりません。そうしないと、果実に悪い影響を与えてしまい食べることができません。土壌の肥沃度を高めるために肥料をたくさん施し、水を十分にひきいれ、雑草をなくし、病虫害を防ぐなどの作業を懇切におこなわなければなりません。

 植物は、与えられた環境・条件のなかで成長していきます。

 人間は、意志をもちます。乳児から乳離れの時期、イヤなものはイヤと泣いて拒絶することを経て泣き叫んで抗議するようになります。「三つ子の魂百まで」と言いますが、この時期は大切な時期でしょう。ただし、性格はかえることは可能です。学習の力によってです。

 環境の変化に驚くほどの順応を発揮する人がいます。ある人は、融通性があると褒めます。人間の尊厳を捨ててまで「融通性があると褒め」られても、人としての生き方が問われることでしょう。自主的な生きざまが求められていると考えますがいかがでしょうか。

 別れるときYちゃんは言いました。「(おじいちゃんに)まけないよう、一生懸命にお勉強をします」「一緒に頑張ろうね」とこたえました。

 “お勉強”に使う紙、鉛筆、消しゴムなど、また、学校に通うために乗る電車あるいはバスもそうですが、社会に存在するすべてのモノは労働者が作ります。

 モノを作る労働者が、モノを作ることをやめたならば、この社会は成立しません。勤労大衆が、この社会の主人公です。

 “官邸春闘”などとからかわれて4年が経ちました。1980年代、春闘共闘委員会が立ち上げられ労働者が資本にたたかいを挑みました。春闘は、単なるものとり闘争であってはなりません。が、労働者が生活苦から脱却するためには、賃金引き上げのたたかいも春闘の重要なたたかいの一つです。労働者が主体性を発揮して、“官邸春闘”から脱却しなければならないと考えます。そうしなければ、資本家のための行政をいつまでも許すことになってしまうからです。

 「財務省が(9月)1日発表した2015年度の法人企業統計によると、企業が蓄えた『内部留保』に当たる利益剰余金が、金融・保険業を除く全産業で過去最高の377兆8689億円に達した」(毎日新聞2016年9月2日付け)。記事は、「前年度に比べ6.6%(約23兆円)増え、10年前と比べると2倍近くに膨らんだ」と書いています。単純に勤労大衆を1億人とした場合、一人当たり377万8689円となります。この金額は、法人税の減税──1990年度18.4兆円が2014年度では11兆円に減額──も企業の利益剰余金が増加した要因の一つと考えられますが、利益剰余金の核は、労働者が働いて稼ぎだした金を資本家が搾取した金額です。

 労働者は、労働者としての誇りと自負心をもって自主的に生きる隊列に加わり、先達者と歩武堂々の歩みをともにしなければなりません。

 たたかいは、必然的に学習することを求めます。学習は、たたかいを求めます。自主的なたたかいは、集団を求めます。自主性と主体性を信念化した私心ない人びとの集団は、背信者を生み出すことはありません。生涯、学習第一主義を貫くことは容易ではないでしょう。現代は、自主的に生きる道を追及し人間の尊厳を守って生きることを要求します。困難であればあるほど、学習に学習を重ね、学習しつづけなければなりません。それが、要求にたいする答ではないでしょうか。

 Yちゃんは、自治体広報担当者の「嫌いなことは何ですか」との質問に「戦争です」と答えました。

 日本国憲法(1946年11月3日公布、47年5月3日施行)は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないようにする」(前文)ことを宣言しています。

 にもかかわらず、日本のこんにちの状況は近隣諸国から非難・糾弾されています。

 「自国を米軍の兵站基地に供してでも『大東亜共栄圏』の昔の夢をどうしてでもかなえようとする日本反動層の無謀な軍国主義的妄動」と糾弾(2017年3月9日、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」の論評)。

 「日本軍国主義が近代に発動した対外侵略戦争は、アジア近隣国および被害国の人々に甚大な惨禍をもたらした。日本の為政者は右翼勢力が間違った歴史観で次世代を誤って導くのを放任するのではなく、真に歴史を鑑として歴史の教訓を深くくみ取り、過去の侵略の歴史と明確に一線を画すべきだ」(2017年3月16日、中国外務省報道官の記者会見)。

 子どもたちが、22世紀の「戦争世代」となることを何としてでもくい止めなければなりません。「平和を追及する国・日本」との認識の共有を近隣諸国とはもちろんのこと、全世界の人びとと持つようにしなければならないと考えます。

 別れは、再び会うための一歩です。たくさんの仲良しの友達と一緒にお勉強をやり歌ったり踊ったり、元気に成長しつづけるYちゃんとの再会を思うと励まされます。

 貴重な経験を積みました。関係者に感謝いたします。(2017年3月23日 記す)


 【参考・引用文献】
 ◎ 『憲法講義』(上・下) 1967年5月31日発行 東京大学出版会
 ◎ 『小六法』 昭和38年12月1日発行 有斐閣
 ◎ 背景画は現代朝鮮画。「外金剛の飛鳳の滝」(部分) チョン・チャンモ


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