孤児誘拐未遂の「脱北者」が謝罪
−2016年7月15日−

 反共和国犯罪行為を働いて摘発、逮捕された南朝鮮かいらい情報院の手先である高賢哲氏の記者会見が15日、平壌の人民文化宮殿でおこなわれた。

 国内の出版・報道部門と朝鮮総聯機関紙「朝鮮新報」、外国メディアの記者、駐朝外交および国際機関代表部のメンバーが参加した。

 社会主義祖国に滞在している海外同胞が、オブザーバーとして参加した。

 会見では、まず高賢哲氏が発言した。

 彼は、祖国を裏切った罪人であって絶対に許されない身であるが、人々を驚愕させる米国と南朝鮮かいらい一味の悪辣な反共和国謀略策動を暴露しないではいられなくて記者会見を要請したとし、次のように述べた。

 私は平安北道定州市に生まれ、越南逃走する前まで新義州市南下洞で暮らし、現在53歳である。

 まず、私が南朝鮮に逃走することになった経緯を述べる。

 祖国が困難を経ていた苦難の行軍の時期、新義州市にあるチョウセンゴシュユ林事業所で労働者として働いていた私は、個人の安楽だけを追求するあまり、金に目がくらみ国家の法秩序に違反し、密輸・密売行為を働いて発覚し、法機関の調査を受けることになった。

 遅まきながら自分の罪を反省するかわりに愚かにも法的制裁を逃れようと2013年1月26日、副業船に乗って鴨緑江に出た機会に中国の丹東に逃走した。

 私は、以前から関わりをもっていた馬某氏の家に隠れ住んだ。

 ある日、私が隠れ住む家と取り引きをしていたチョン某氏と知り合った。

 彼が私に金を稼げるさまざまな仕事をあっせんしてくれたが、何一つうまくいかなかった。

 逃亡生活を送っていた2014年2月20日ごろ、リ・ソンス(中国・丹東在住のかいらい情報院の手先、65歳くらい)という南朝鮮の人と知り合った。彼は初対面から「いつ北を出たのか。なぜ出てきたのか」と根掘り葉掘りしつこく聞くのであった。そうして私に、南朝鮮に行けば安心して暮らせる、先日もあなたのような人たちを送ったが、いまは皆豊かに暮らしていると言うのであった。

 私には、リ・ソンスの言葉と挙動がどうしても、南朝鮮に誘引、拉致され、連れていかれ、九死に一生を得て祖国に戻った人々が会見で明らかにしたかいらい情報院のごろつきの行動のように感じられ、「あなたは『国家情報院』の人ですか」と尋ねた。すると彼は、「そう思っておけ。すぐにまた連絡するので待て。絶対に家の外に出るな。そうすれば決心したものとみなす」と言うのであった。

 私は、かいらい情報院の連中に従って南朝鮮に向かう道が祖国を裏切る反逆の道であるという思いで、すぐに彼の要求に応じられなかった。

 しかし、南朝鮮にさえ行けば多くの金をくれるというリ・ソンスの言葉にとうとう惑わされて彼の要求どおりにすることを約束した。

 数日後、彼から電話があり、出発の準備をしろ、車を手配するから言うとおりにしろと言うのであった。

 2014年2月28日午前8時ごろ、私は面識のない連中に連れていかれ、リ・ソンスが組んだルートに沿って中国・丹東をたち、瀋陽、青島、昆明を経てラオスに到着し、そこでまたタイ北部の国境都市に入った際、警察の取り締まりを受けて密入国者として起訴された。

 その後、裁判を受けてバンコクにある「国際移民局収容所」なる所に移送されたが、そこもやはりかいらい情報院の連中の独断場であった。

 ある日、同国駐在南朝鮮かいらい大使館で男性2人と女性1人に取り調べを受けたが、1人は「『国情院』から来た。ではこれから始めよう」と述べ、私の名前と身分、学歴、経歴などを事細かに尋ねた。

 およそ1カ月間、かいらい情報院の連中の執拗な調査を受けた後、4月25日午後11時ごろ、荷物のように飛行機に乗せられて仁川に到着した。

 かいらい情報院の連中は、飛行機に乗る際、我々を一番後ろの席に座らせてから、「絶対に隣の人と口をきくな。記者に発見されたら問題が複雑になる。席をかえるな」と言った。

 一目で、自分らがおこなう「脱北」誘導行為がばれないか不安になっているのがわかった。

 こうして私は、自分一人の安楽だけを考えて誤った道に入ったことで、しまいには呪わしい南朝鮮の地にまで足を踏み入れることになった。

 次に、私がかいらい情報院の連中に取り込まれ、歯ぎしりする誘引・拉致行為に加担することになったことについて述べる。

 私は、かいらい情報院の連中の検討と「ハナ院」での「洗脳教育」の過程を経て2014年9月末から京畿道の始興に住むことになった。しかし、まともな職業を持てずに失業者としてあちこちをさまよった。

 そんななか、「脱北同胞救出協会」なるものがあるのを知ってそこを訪れ、そこの代表というクォン・ナヒョン(本名クォン・オスク)=57歳=という女性と知り合った。

 後に知ったのであるが、クォン・ナヒョンは、共和国で罪を犯して越南逃走し、かいらい情報院と米国の背後操縦によって我々の住民の誘引、拉致を専門とする人捕り、人買いである。

 2015年12月、クォン・ナヒョンは、私をかいらい情報院の要員であるチェ・ソンウク(「トンカモ=銅像を壊す会=事件」の考案者)=42=に紹介した。

 まさに、この時から私はかいらい情報院に取り込まれて共和国に反対する犯罪的な謀略行為に加担するようになった。

 チェ・ソンウクが初めて私に与えた任務は、共和国の党と軍隊などの一番最近の内部資料と2015年に出版された小学校と中学校の教科書を科目別に収集することであった。彼は、私が先日、越南逃走したのでまだ友人も多いであろう、仕事をしっかりやれば報酬も多く与えると言った。

 私は、チェ・ソンウクの指令に従って丹東に行き、任務を遂行する事前準備をおこなった。

 チェ・ソンウクは去る3月8日、私に新しい任務をさらに与えた。

 彼は、最近、北が畜産と養殖に国家的投資を集中させて一定の成果をあげているとして国営の牧場で飼育する家畜に関する資料を収集しろと言うのであった。そうして、可能性があれば連絡しろ、保管と運搬に必要な機材を送る、非常に重要な仕事なので失敗するなと言った。

 私は、チェ・ソンウクが与えた任務を遂行しようとあらゆる手段と方法をすべて用いたが、うまくいかなかった。

 そんななか、5月9日午後9時ごろ、クォン・ナヒョンから電話があった。

 彼女は、緊急の任務であるとし、「北から6歳から9歳の幼い孤児を南朝鮮に連れて来い」と言うのであった。

 私は、こんなとんでもないことを事もなげに言う彼女に、6歳、9歳なら十分大きな子どもであるのに、私を殺すつもりなのかと言い返した。しかし、クォン・ナヒョンは、何のためらいもなく「女児ならなお良い。カナダなどさまざまな国に『養子』として渡す。子どもを連れてくるのに必要なものは私がすべて用意する」と懐柔するのであった。

 クォン・ナヒョンは私に、「既にチェ先生の指示もあった。あなたは12人の女性が『集団脱北』したというニュースを知らないのか。これが、ただ入ってきたものであると、思うのか。上部の指針なので無条件執行しなければならない。12人は始まりにすぎない。我々も早く実績をあげなければならない」と強迫した。

 クォン・ナヒョンが殺気立って言い散らす言葉を聞き、「脱北工作」がいっそうひどくおこなわれるのであろうという思いとともに、私ももはやここから足を洗えなくなったという不安で気持ちを静められなかった。

 しかし、既に犯罪の道に深く足を踏み入れた身なのでどうしようもなかった。私は、既にやっていた仕事を放り出して子どもの誘拐に取りかかった。しかし、決して簡単なことではなかった。

 私はあれこれ考えながら、以前から知る国境地帯の平安北道義州郡に住むホン氏に会うために方々手を尽くしてようやく彼と携帯電話で連絡をとるようになった。

 私は、彼に現地の愛育院(児童養護施設)の子どものなかから2人を選んで写真を撮って送ってほしい、報酬はたっぷり渡すと言った。すると彼は、国家は孤児のための育児院(乳児院)、愛育院を立派に建てて実の子どものように面倒を見ている、それを確かめたいのかと尋ねるのであった。

 私は、聞いた話があるので確かめるつもりであると嘘を言ってだまし、5月17日にホン氏から子どもの写真2枚を受け取った。そして、直ちにソウルに行ってクォン・ナヒョンにそれを渡した。クォン・ナヒョンは、大金を稼ぐならちゅうちょすることはない、早く実行しろと言った。

 クォン・ナヒョンとチェ・ソンウクに促されて、私は誘拐する対象と協力者を選定した後、5月23日夕、仁川から飛行機に乗って中国の大連に向かった。翌日、列車で丹東に到着し、ソウルにいるクォン・ナヒョンに状況を知らせた後、子どもたちの誘拐に必要なゴムボートを送るよう求めた。

 クォン・ナヒョンは、「既に準備してある。手伝う協力者を延吉からそこに送った」と言い、協力者の携帯電話の番号を知らせた。

 私は、義州郡大花里付近の鴨緑江にある共和国領土の水口島という島の前に到着した後、ホン氏を呼び出した。ホン氏が到着するなり、ゴムボートが入った箱を投げて再び丹東に戻り、クォン・ナヒョンに電話で「ボートを渡した。5月27日未明に子どもたちを連れに行く」と知らせた。クォン・ナヒョンは大いに満足し、「今回、成功すれば今後続けられるようになる」と言った。

 私は5月26日、クォン・ナヒョンが派遣した協力者に一緒に行こうと頼んだが、彼はこわい、行かないと言った。私は、一人で5月27日午前0時30分ごろ、水口島に戻った。水口島でホン氏を丸め込んで写真の女児たちを連れてこさせた後、子どもたちをボートに乗せて逃げる計画であった。

 このように誘拐、拉致を成功させようと妄想していたところ、午前6時15分、現地で共和国の当該機関に逮捕された。

 私の犯罪は未遂に終わったが、かいらい情報院の連中に取り込まれて反共和国謀略行為を働き、特に、国際的にも特大型の犯罪と認められている児童誘拐に直接加担した許されない犯罪を犯したことを認める。国に、そしてすべての祖国の人民と故郷の人々に改めて頭を下げて百回、千四謝罪する。

 記者会見では、高賢哲氏を逮捕した際に押収した携帯電話、ゴムボート、子ども服をはじめとする証拠物とクォン・ナヒョン、リ・ソンス、チェ・ソンウクなどの写真が示された。

 続いて、高賢哲氏は質問に答えた。

 「民主朝鮮」紙 極悪な同族対決の企図と不純な政治目的で我々の女性12人を誘引、拉致したかいらい一味が、天真らんまんな子どもまで誘拐して反共和国対決策動に利用しようと策動していることに、本当に込み上げる怒りを禁じ得ない。

 あなたは、チェ・ソンウク、クォン・ナヒョンのようなかいらい情報院のごろつきとその手先の任務を受け、我々の住民、特に、子どもの誘拐策動に加担したと述べたが、その醜悪な謀略家、人間のくずについてさらに知っていることがあれば具体的に。

 −クォン・ナヒョンは、共和国で罪を犯して2003年5月に越南逃走したし、本名はクォン・オスク、現在57歳である。

 クォン・ナヒョンは、米国とかいらい情報院の背後操縦に従って「脱北同胞救出協会」なる反共和国謀略団体を組織し、我々の住民を誘引、拉致して南朝鮮に連れ去る蛮行を先頭に立って働いている極悪な犯罪者である。

 この女は、延吉、丹東、瀋陽をはじめ、中国東北地域の多くの人買いと直接連携をもち、資金も与え、彼らを利用して我々の住民を誘引し、「脱北」させるために悪辣に策動している。私にゴムボートを運んできたのもクォン・ナヒョンにくっついている者である。

 クォン・ナヒョンはまた、越南逃走した人間のくずのうち、利用できそうな者を脅迫、買収して反共和国謀略策動に駆り出している。

 かいらい情報院の要員チェ・ソンウクは、42歳くらいである。

 彼は、わが共和国の最高の尊厳を悪辣に冒涜する特大型の犯罪行為を直接計画し、それを実践に移そうと狂奔する悪質なかいらい情報院のごろつきである。皆さんもよく知っている「トンカモ事件」を最初に考案したのがまさに彼である。

 去る5月23日、私を訪ねてきたチェ・ソンウクは、「トンカモ事件」についてあからさまに大口をたたいた。

 彼は私に、北で暮らしていた時、「トンカモ」という言葉を聞いたことがあるかと尋ね、「あの作戦はもともと私が北の民心を混乱させるための最も効果的なショック療法として提案したものである。ところが、私の上司がぐずぐずしている間に他の筋からチョン・ヨンチョルを利用して米国で莫大な資金を受け取って噂になったおかげで北を刺激だけして結局は成功しなかった」と言った。その彼が、いまはクォン・ナヒョンを通じて我々の住民にたいする極悪な誘引・拉致行為をおこなっている。

 リ・ソンスは65歳くらいで、丹東に居住して私のような人を探して南朝鮮に連れていくかいらい情報院の手先であり、クォン・ナヒョンともつながっている。私が、クォン・ナヒョンを知るようになったのもリ・ソンスの紹介を受けたからである。

 チュ・ソンハは、40歳くらいである。彼は、南朝鮮の「東亜日報」記者の仮面をかぶって米国とかいらい情報院の背後操縦を受け、我々の住民にたいする誘引・拉致蛮行をおこなっている。特に、米国と南朝鮮の誘引・拉致団体を結ぶ役割を担っている。

 私は去る4月10日ごろ、クォン・ナヒョンを訪ねた際に偶然チュ・ソンハとクォン・ナヒョンが話しているのを聞いた。

 チュ・ソンハは、クォン・ナヒョンに「私は米国が脱北ブローカーに支出する資金をあなたにそのまま渡している。私が提出する報告書を見ればよくわかる。英文の報告書を作成する翻訳者に払う金も少なくないが、あなたたちに払う金は一文もごまかさない」と言うのであった。するとクォン・ナヒョンは、北の住民を連れてくるのに金が多くかかるので助けてほしいと泣き言を言った。

 チュ・ソンハは、クォン・ナヒョンに北の住民を年に200人ほど南朝鮮に連れてくれば米国人が喜ぶであろうと言い、米国から金をもっと送るように手伝ってやると言った。そして、クォン・ナヒョンに南側に連れて行った人数をそのまま報告せず、水増しする方法も考えてみろと言うのであった。彼は、水増しした事実が後でばれても損はしない、北のイメージを傷つけて北の民心を揺さぶるのが目的であるだけに、それに合致することであれば嘘を百回、千回でもつくべきであって、米国もそれを知れば責めはしないと言った。

 クォン・ナヒョンは、そうでなくても北の住民を「脱北」させるのは本当に苦労するとしながらも、何としても数を大きくして報告すると述べた。

 実際、現在、チュ・ソンハ、クォン・ナヒョンをはじめ、かいらい情報院の犬は米国からさらに多くの金を受け取るために、そして、共和国の尊厳とイメージを傷付けるために華僑と中国で暮らす朝鮮族まで「脱北者」にすりかえて、共和国から住民が「大量脱北」しているかのように世論を広めている。

 「トゥリハナ宣教会」「被拉脱北人権連帯」「北韓改革放送」をはじめとするあらゆる謀略団体とそこに網羅されたチョン・ギウォン、キム・ソンミン、ト・ヒユン、キム・スンチョルのような連中も我々の住民にたいする「脱北」の誘導と誘引・拉致策動に加担している。このほかにも、米国とかいらい情報院がつくり上げた有象無象の謀略団体が幾らかの金を目当てに競って飛び込んでいる。これらの団体とつながった連中が中国の東北3省にどろぼう猫のように出入りし、米国とかいらい情報院の操縦のもとに我々の公民を誘引・拉致するためにあらゆる卑劣で悪辣な策動に明け暮れている。

 「平壌タイムス」紙 北部国境地域に共和国住民と子どもたちの誘引、拉致を専門におこなう者がいると指摘したが。

 −私が児童誘拐犯罪に加担する過程に、米国とかいらい当局の黙認、助長により共和国の周辺にできた人権謀略の巣窟を直接目撃した。

 まず、「北韓同胞直接支援運動」の代表を自任するリ・ミンボクをあげられる。リ・ミンボクは57歳くらいになるが、共和国に反対する心理・謀略戦を専門とする「対北風船団」なるものを組織し、共和国にビラを散布する茶番を悪辣に演じている。そして、貿易の名目で丹東に潜り込み、共和国に出入りする関係者を買収して「誘引脱北」策動までおこなっている。

 丹東で「東海館」を運営するキム・ジョンジャもリ・ミンボクのような醜悪な女で61歳くらいである。彼女は、丹東にある「オンヌリ教会」「国際クラブ」「湖南郷友会」をはじめとする犯罪組織と連携をもち、共和国の出張者、一般旅行者、不法越境者を誘引して変質、堕落させ、南朝鮮に連れ去ろうと策動している。

 このような誘引拠点が丹東はもちろん瀋陽と大連、汪清にもある。

 吉林省で「延辺トゥレ村」という団体を運営するキム・サムリョルは、「国際ベル学校」なるものを建て、反共和国宗教行為と誘引・拉致蛮行をおこなっている。

 ソウルにある「セブンスデー・アドベンチスト教会」の連中も、共和国の子どもたちを専門に誘引するために中国の山東省と吉林省の各地域に地下「方舟教会」、地下「方舟訓練所」なるものをつくり、誘拐した10代の子どもたちに宗教式に「ヨハン」「イェプセン」「重生」「ダニエル」のような名前を付け、悪辣な反共和国宗教を注入した後、南朝鮮に連れ去っている。

 このように、米国とかいらい情報院の背後操縦のもとに、いわゆる「救援」と「養子」という修辞でつくろった誘引・拉致犯罪が組織的におこなわれている。

 朝鮮中央通信 我々の住民の誘引、拉致の背後操縦者が米国であると指摘したが、具体的に。

 −私に子どもの誘拐任務を与えたクォン・ナヒョンとチェ・ソンウク、チュ・ソンハは皆、米国と直接つながっている連中である。

 私が誘拐の対象に選んだ2人の子どもの写真を持ってソウルに行った際、クォン・ナヒョンは、子どもたちを誘拐して南側に連れてくる仕事を無条件しなければならないとし、米国が直接関心をもって求めているものであると述べた。

 私が幼い子どもたちを南側に連れ去ることが米国にとって一体何の必要があるのかと聞くと、クォン・ナヒョンは「12人の北朝鮮レストランの従業員が、『集団脱北』した事件が世論を騒がせている。恐らく人々は、北の体制下で暮らすのがどれほど困難なら彼女たちが親まで見捨てて『自由世界』に来るであろうかと思っているであろう。これに6〜9歳の子どもたちまで『脱北』していると宣伝すれば、国際社会が北をどう思うであろうか」と言うのであった。

 そして、今回の作戦も米国の「ディフェンス・フォーラム」代表で「北人権活動家」のスーザン・ショルティが直接、我々に子どもたちを連れてこいと言って始まったものである、「国情院」もこれを積極的に支援せよと言っている、北の子どもたちを多く連れてくれば米国人が我々に与える金額もそれだけ増えるであろうと言い散らした。

 これは、我々の子どもたちを誘拐して南朝鮮に連れ去る犯罪行為が単純にスーザン・ショルティのような一部個人の反共和国対決狂の行為ではなく、米国政府の直接的な背後操縦のもとにおこなわれていることを示している。

 米国は、反共和国「人権」謀略団体にたいする資金支出を法的に定めて系統的に資金を支援している。

 スーザン・ショルティの「ディフェンス・フォーラム」も南朝鮮の「北人権」団体を背後操縦している米国の代表的な反共和国謀略団体である。

 チュ・ソンハもまさに「ディフェンス・フォーラム」とつながっている。

 「朝鮮新報」 かいらい一味が集団誘引・拉致した我々の12人の女性に関する話でクォン・ナヒョンから聞いたこと以外に知っていることは。

 −12人のレストラン従業員に関する話を多く聞いたが、そのなかでチュ・ソンハが私に話した内容を話す。

 去る5月のある日、チュ・ソンハが私に言ったのが、「我々は職業的にすべての仕事を朴槿恵『政府』の安定を保つ方向で考察しおこなわなければならない。北のレストラン従業員『集団脱北事件』も朴槿恵『政府』が、第20代『国会』議員選挙に利用しようと計画し、断行した企画脱北事件である」というものであった。

 そして、今回の「集団脱北」は、北に「決定的な一撃」を与える大きな目的を狙って以前から準備してきたものであるが、青瓦台が第20代「総選挙」でセヌリ党が劣勢なので突然早めよと指示したので急遽おこなわなければならなかった、おかげで数人の女性を逃して始めからつまずいて、そのとばっちりが他にも及んで悪事身に返ることになったと述べた。

 このように、かいらい一味が騒ぐ「集団脱北事件」とは、共和国のイメージを傷つけて第20代「総選挙」で何としても勝利しようとでっち上げたかいらい当局の計画的な謀略事件である。

 「平壌新聞」 現在、かいらい情報院は、上昇の一途をたどるわが共和国をどうにかしようと我々の住民に対する誘引・拉致蛮行だけでなく、他の卑劣で悪辣な謀略策動もためらっていないが。

 −前述したが、かいらい情報院は、共和国を内部から崩そうとあらゆる悪行を尽くしている。わが共和国に「麻薬密売国」「偽造紙幣製造国」の汚名を着せるために策動しているのがその実例である。

 去る3月8日、チェ・ソンウクが丹東にいる私を訪ねて麻薬密売人を紹介してほしいと言うので売人を紹介した。

 チェ・ソンウクは、彼に麻薬を密売してその麻薬が北で作られたものであると噂を広め、特に、北から麻薬を入手しているかのように取り引きの対象を選定し、似たような状況をつくった後、撮影までおこなえば大金を与えると懐柔した。

 実際に、彼はそのような偽の場面を演出し、それを写真と動画に撮った後、その代価として参加した者に金を与えた。

 このように、連中は、共和国を麻薬を製造、密売する犯罪国にしようとつまらない芝居までうっている。

 「偽ドル」問題もやはり同様である。

 ある時、クォン・ナヒョンは、私に北で「偽ドル」を手に入れろと言い、必ずしも北で出回っているものでなくても良い、人々がわかるように、似たような証拠だけあれば良いと言った。

 事実、偽札を作って流す張本人はまさにかいらい一味である。

 かいらい情報院は、共和国の紙幣の流通を麻痺させ、人民生活を混乱させるために共和国紙幣まで偽造する犯罪をおこなっている。

 去る5月初め、南朝鮮メディアに共和国紙幣が大量に発見されたという報道が出たことがあるが、その時、かいらい情報院要員のチェ・ソンウクが昨夜は本当に大変であったと言うのであった。それで、私が何が大変であったのかと聞くと、彼は、李明博の執権時に私が責任をもって極秘裏に数十万ドルをかけて共和国紙幣を偽造し、大量に印刷した、今回それを北に送ろうとして実行していた途中でそのことが一般人にもれてしまった、野党がそれを拡大させそうで、後始末を付けられなかったと国情院に叱責され、本当にやっとのことでもみ消したとぼやいた。

 このように、かいらい一味は、共和国の尊厳と体制をそしり、崩壊させようとあらゆる悪辣な行為を働いている。

 続いて、ロシアのタス通信、中国の新華社通信が質問した。

 高賢哲氏は、自分が働いた犯罪こそ、とうてい許されない逆賊の罪であり、罪悪のなかの罪悪であると述べ、次のように指摘した。

 −身の安逸と栄達ばかりを求めるなら、しまいには醜悪な人間のくずになり、父母妻子と親戚、親友に永遠に拭えない傷を残すことになり、真の生を与えて育ててくれたありがたい党と祖国を裏切る大罪を犯すことになるというのが私が得た骨身に染みる教訓である。

 私は、金に目がくらんで一時的な難関に打ち勝てずに越境逃走して南朝鮮に行き、米国とかいらい一味の反共和国謀略策動に加担しているすべての人が、いまからでも人間の良心をもって自分の罪を反省し、正しい道に進めと言いたい。

 クォン・ナヒョン、チュ・ソンハ、チェ・ソンウクのようなかいらい情報院のごろつきとその手先は、当然私を知らないと言い、今日、私が告白した内容をすべて否定するであろう。謀略と捏造、強弁は、米国とかいらい一味の常套の手法である。

 最後に高賢哲氏は、米国と南朝鮮かいらい一味は、いかなる対決狂乱でも、共和国のかたい一心団結を絶対に砕けないと述べ、共和国をあえてどうにかしようとするつまらない妄動を直ちにやめるべきであると指摘した。【朝鮮中央通信=朝鮮通信】


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